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2009年3月

WBCから学ぶこと

WBC優勝おめでとうございます!まさに劇的な決勝戦でしたね。あれから3日が経ちました。戦いが終わった後、スポーツ紙やインターネットなどで様々な記事を目にしました。真偽のほどは別にして、今回の侍ジャパンから、勉強になることがたくさんありました。私の個人的な感想ですが、仕事や人生にとってもよい気付きとなった印象的なことを書いてみたいと思います。

みなさまはいかがでしたか?

○原監督の柔軟な采配・・・まずは個人的にも大好きな原監督に関して。当初イチロー3番、抑え藤川でスタートしましたが、終わってみればまったく違った形でした。4番も日替わりです。固定観念より選手の状態を重視した結果、短期決戦で効果を発揮したようです。

○適材適所の人選・・・メンバーになぜあの選手が選ばれずにあの選手が・・と多少疑問に思ったのは私だけではないと思いますが、代走用の片岡、左投手用の内川など見事に機能しました。(このふたりは実際それ以上の活躍でした。)やっぱり野球はホームランバッターだけではダメなんですね。

○選手それぞれが自分の役割を果たした・・・例えば私が印象に残っているシーンとして、内川の先頭打者出塁、稲葉のヒットエンドラン、小笠原のタイムリーがあります。3人ともペナントレースでよく目にしているような気がします。その力を見事に発揮したと思います。

○投手の起用法が抜群によかった・・・これは北京オリンピックの星野監督の言葉。私の感想としては、たまたまかもしれませんが必ず勝って勢いをつけたい試合は経験豊富な松坂・杉内、『侍いざ勝負!』といった試合はダルビッシュ・岩隈が主に登板していたような気がしました。これでダルビッシュ、岩隈、そしてマー君などが国際大会で自信をつけ、内海、小松なども大舞台を経験して、次回も楽しみです。

○藤川の気持ち・・・一方、藤川は調子が上がらず、抑えの座をダルビッシュに譲りました。さぞや悔しかったことでしょう。その気持ちを抑えてダルビッシュにクローザーとしてのアドバイスをしたようですし、ダルビッシュもブルペンで藤川の気持ちを感じたようです。企業など、組織ではどうしても藤川投手のような存在が出てしまうといったことを忘れてはならないと思います。

○青木の言葉「星野監督に感謝」・・・勝てば賞賛、負ければ非難が監督の宿命。結果の出なかった星野監督ですが、北京オリンピックの経験があったからこそ今大会最多ヒットを打てたと感じた青木選手は、いまや影が薄くなった感のある星野監督への感謝を忘れませんでした。

○リーダーは自然発生するもの・・・これは原監督が恩師の元巨人藤田監督から教わった言葉(だったと思います?)。原監督は最初チームリーダーを発表しませんでした。後にチーム内の空気からイチローと判断したのでしょうか。リーダーとはそういうものなのかもしれません。勉強になりました。

○川崎選手の言葉「全試合出場している」・・・なかなか出番のなかった川崎ですが、いつもベンチ内からレギュラーを支え、大きな声を出していたようでした。自らの出番に備えた準備もかかさず、「なぜ始めから使わないんだ」と言われるほど準決勝では大活躍。同じくなかなか出番のなかった亀井がヒットを打ったときの川崎の喜ぶ姿も印象に残りました。

○イチローの決勝タイムリー・・・このヒットはイチローの野球人生の集大成だと思いました。今までの野球人生で多くのプレッシャーと戦いながら精進を続けた努力が、最高のドラマを作ったと思います。

最後にもうひとつ、決勝戦の終盤は仕事の移動中、ジャスコの電機コーナーのテレビで少しの時間観ることが出来ました。その人の数にびっくりしました。よく見ると年配の主婦の方、サラリーマン、子どもたち、そして知的障害のような方などいろんな世代の方がいました。9回裏はアウトを取るたびに拍手、そして同点にされた時は大きなタメ息、イチローの決勝タイムリーと試合終了の瞬間は大歓声でした。私はその光景がいちばん印象的で、いろんな意味で本当に嬉しかったですね。

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ラスト・ラン

先日3月14日、JRのダイヤ改正でブルートレイン『富士』『はやぶさ』がラスト・ランとなりました。私は西日本方面のブルートレインでは、急行『銀河』に高校の卒業旅行で1度だけ乗ったことがあります(『銀河』は数年前に廃止になりました)。夜中じゅう枕元の暖房が吹き付けて喉の調子がおかしくなったことが印象に残っています(笑)。ともあれ時代の流れでしょうか。旅が好きな私としては寂しいものです。

さてその3日後にもうひとつのラスト・ランがありました。個人的なことで申し訳ありませんが、私のマイカーです。新車で買って13年、総距離は268,329キロでした(忘れないようにここにメモしておきます(笑))。北海道と沖縄以外には連れていってあげました。何年か前には本気で「この車に瀬戸大橋を渡らせてあげたい」と思って、本当に行きましたね(笑)。よく働いてくれました。

「お前の青春そのものだもんな。」電話で友人が私の気持ちを代弁してくれました。そうですね。若い頃は特に、車は第2の我が家のようなものです。考えてみれば、私の喜び、悲しみ、悩みなどいちばん近くで見守ってくれた存在かもしれません

ラスト・ランとなる3日前はふたりきり(?)で最後のドライブをしました。道の駅で写真なんか撮っちゃったりして。最後の日は仕事が終わったあと、お店でお別れをしてきました。

家に帰った後、家族に「ちゃんとお別れしてきたの?」なんて言われると、涙が出そうになりました。たかが車かもしれませんが、モノに対してこれだけ愛着が持てたのは初めてだと思います

「愛着のあるマイカーを手離す時は寂しいものだ」とよく言われますが、私もその体験が十分に出来てよかったと思います。みなさんはいかがですか?

その3日後、立派な2代目が私の元にやってきてくれました。いろんなことがあると思いますが、これから一緒に走り続けたいと思います。

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確定申告分散案(?)

確定申告時期ということで、今年は勝手に1ヶ月ほどブログをお休みしてしまいました。スミマセン。

さて、その確定申告の時期もようやく終わりホッとしているところです。毎年確定申告時期になると、税務署は黒山のひとだかりで駐車場はいっぱい、税務署内も人でいっぱい、東京周辺の税務署はこの時期署内の駐車場利用禁止のところもたくさんあります

そうなると我々も困るんですよね。用事があって税務署に車で行かなくてはならない時は、近くのスーパーに停めたり(ちゃんと買い物をして・・・)、仕方のない時は有料パーキングを使うこともあります。

申告書提出の時は、一般の方とは別に税理士(税務代理)専用の受付窓口がありますが、さすがにそこも行列ができています。一般の方はその何倍もの時間をかけて並んでいることでしょう

これは、日本の経済活動にとって非常にマイナスだと思います。日本人は行列をつくるのが好きだとよく言われます。有名ラーメン店など、好きで並ぶのならいいのですが、中小零細企業の社長は自ら現場で働く方も多く、社内の生産活動から外れて並んでいるわけです。最近は電子申告を税務署内でも推進していますが、まだまだ時間がかかりそうでこの状況はしばらく変わりそうにないと思われます。

細かいことを言えば、我々も並ぶ時間や、税務署外の駐車場から歩く時間も、生産活動のマイナス要素です。

そこで提案です。確定申告時期を分散出来ないものでしょうか。せめて年3回くらい申告時期を作って、個人が選択出来たらいいと思います。今朝のテレビで、星野リゾートの社長がゴールデンウイークを県ごとに日程を変えるという提案をしていました。観光業は特にそうですね。それから以前ブログで書きましたが、お昼休みの時間を各企業で少し変えれば、12時代(特に12時10分から30分くらい)に集中する街の小さい食堂ももっと儲かると思います。食べる方も快適に食べられますしね。

確定申告混雑のもうひとつの問題点だと思っているのは(以前も書いた気がしますが・・・)、年々難しくなる税制です。そのおかげで我々の仕事が成り立っているとも言えますが、誰もが簡単に透明性のある納税が出来る社会になって欲しいものです。

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